8/02/2008

Photo Reviewとフィラデルフィアの写真

今日はKevinと郊外のLanghorneという車で40分ぐらい行ったところにランチミーティングの為に向かう。Photo ReviewのStephen Perloffに会いにいくのが目的である。

Photo ReviewはStephenが始めた写真界では筆頭のジャーナルで、70年代に草の根的に始めた。その頃はほとんどと言っていいほど写真に対しての情報がなかった為、彼が一人で情報を発信しようと思ったらしい。今ではアメリカの写真を通じている人が必ず読むジャーナルになっている。

僕はいつからStephenとこのようにやり取りするようになったのか覚えていない。しかし数年前から何かあるとStephenの所のこのように会いにいくようになった。今年はこれで3度目であろうか。

さすがに写真のマーケットが無かった時から写真に関わっているためStephenの顔は広い。前回のAIPADなんかでも会場で出会ったがいろんな人に囲まれていて挨拶すらできなかった。今回も9月に行われる栗田さんのプレビューを招待者のリストをもらう為にこのように彼のオフィスを訪ねる。

Stephenはとても面倒見がよくいろいろと手伝ってくれるのである。コンタクトの提供から新しいアイデアに対しての意見などを気軽の述べてくれる。フィラデルフィアで僕たちのように写真について積極的に新しいことを行おうとしている所はほとんど無い為、面倒を見てくれるのだろう。なにはともあれいつでも気軽に話すことができるのでとても心強い存在である。

2-3年ぐらい前にB&Wという雑誌がPhiladelphiaの写真のシーンについての特集をしていた。フィラデルフィアではあまり写真のシーンというものが確立していなく、問題点としてインタビューをした人が口を揃えて上げていたのがNYに近すぎるという立地条件である。NYに近い為写真を売ることのできるマーケットが育たないというのである。

僕はそれとはまた違った理由があるような気がしてならない。

フィラデルフィアはアメリカの写真史の最初のページにはいろいろと名前を連ねているが20世紀になるとNYの経済力に押される形になる。19世紀にはPhiladelphia Photographerという雑誌が刊行されていて、今ではWet Plate Collodionを研究している人のバイブルになっている。「フィラデルフィア=歴史」みたいな構図がこのような所でも残されている。

いつも思うことだが歴史があるということはよくもあり悪くもある。前の世代からの一貫性みたいなものに頼ることができる一方、どうしてもそこから離れることが難しくなる。逆に歴史のあることに頼りすぎていて新しい考えなどへの許容性が無くなり、「村的」とでも言うのだろうか閉鎖的になる。その例としてフィラデルフィアはprovincialであると形容されることが多い。

勝手かもしれないが、その点現在フィラデルフィアにいながらフィラデルフィアまたはアメリカ出身ではない僕なんかは良い立場にいるのではないかと思う。そこで重要になってくるのが古い物と新しい物のバランスなのではないかと考える。そしてこのバランスを保つのがとても難しいのである…。

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